葬儀について学ぼう

形式的過ぎる葬儀は世間体を考えてのこと

皆さんは、日々の生活の中で何かに縛られながら過ごしてはいませんよね。仕事やファッション、趣味など自分が好きなことをしているかと思います。

 

 

最近では、結婚式も個性を出す為にいろいろな工夫が施されています。それが既に普通となっているのかもしれません。しかし、唯一しきたりに縛られているのが‘葬儀’です。昔から伝わる宗教なども関係してきますし、人が亡くなっているのですから結婚式のような個性を出すわけにはいかないのも十分承知のことでしょう。
町田市 葬儀

 

しかし、それは人の思いこみによるものであり法律的に定められている死亡届の提出義務と24時間以内の火葬禁止、そして遺体損壊・遺骨遺棄の禁止さえ守っていればどんな葬儀をしても問題は無いのです。現実的に一般的な葬儀と言われる葬儀業者が勧めるものとは違う変わった葬儀をするというのは、世間体を考えてする人はごく僅かだと思います。最近の葬儀に関するアンケートでは、「形式的になりすぎている」「世間や見栄にこだわりすぎている」という意見が多く固定概念に縛られ過ぎている葬儀が多いということが分かります。アメリカなど海外では故人が生前、賑やかなところが好きだったのであればあえて楽しい音楽を掛けながらの葬儀をしたりすることは珍しくないのです。

 

 

日本では、信じられないと思われるかもしれませんが故人が寂しがらないように旅立ってほしい…という気持ちがあるからこその葬儀ですよね。世間体を考えるか、故人のことを考えるのかということになるのではないでしょうか。

家族葬が増える訳

葬儀は、必ずしもたくさんの参列者を招くだけが重要ではないですよね。葬儀=大規模なセレモニーにたくさんの参列者…というイメージがあるかもしれませんが、それは勝手な固定概念にすぎません。ここ数年の間で葬儀に対する意識は少しずつ変わり、親戚や生前親しかったごく僅かな人を招く家族葬が増えてきました。

 

 

昔はというと、たくさんの参列者を招き通夜から葬儀まで、短時間での準備に追われ故人と最後の別れをする時間が少なく、費用が掛ってしまうのがデメリットとなっていました。家族葬に変えるだけでこれらのデメリットを解消することが出来ますし、何より精神的にも楽になります。葬儀社でも家族葬が増えていることを受け、大規模なセレモニー以外に小規模のセレモニーを準備したりいろいろと工夫しているようです。

 

 

家族葬を選ぶのは一般家庭はもちろんですが、芸能人でも選ばれることはありますよね。大規模なセレモニーを選ばれる人は、会社役員や有名人などが多いのではないでしょうか。メリットとデメリットの両方を考えながら選択してみてください。

葬儀はわからないことだらけ

80過ぎの父が認知症で施設暮らしをしているのですが、最近、足腰が弱ってきて、ベットで寝ていることが多くなりました。ときどき言葉も出てこないことがあり、全身が弱ってきている感じです。

 

そんな父の様子を見て、弟は遺影用にと、こまめに写真を撮るようになりました。私には、不謹慎な気がしてなりません。でも、そのときが来てからでは遅いというのもわからなくはないです。葬儀をしなければならないときは、必ず来るでしょう。ですが、今から準備するのは、死を待つようでやりきれない気持ちになるのが正直なところです。

 

高齢者の家族は、葬儀に対してどのような心構えでいればよいのでしょう。また、最低限しておくべきことは、どんなことなのでしょうか。葬儀のことを考えると、わからないことだらけです。身近に相談できる人がいればいいのにと思います。

 

高齢の祖父の葬儀で感じたこと

先日、96歳の儀祖父が亡くなりました。実孫である夫の妻として葬儀に参加しました。

 

夫は45歳。義父母はともに70歳近い年代です。通夜の参列者には会社関係の人はなく、親族および親せきと義祖父の友人、ご近所の方のみでした。友人といっても、義祖父より先に亡くなった方が多く、参列者の数は50人そこそこです。

 

それでも、斎場を借りるときは葬儀会場のほかにお清めの席も設け、予想で料理を発注することで思いのほか費用が掛かったと聞きました。

 

もちろん私は、葬儀費用の相談においてはカヤの外ですが、夫から総額を聞きなにか割り切れない思いがありました。

 

スマートな結婚式スマ婚が流行っている中、葬儀の縮小化(スマ葬)はあまり聞きません。家族葬をしたくても参列を希望する人が多く、意のままにならないケースも耳にします。

 

安価な家族葬向けの式場、簡易通夜、簡易告別式というのはできないものでしょうか。

 

少子化も問題、薄れていく近所付き合いを鑑みると、菊の花に囲まれた華々しい葬儀よりも質素で実質的な葬儀の方が需要は多くなるのではないかと思います。

 

また、自分の時はそうしたいと常々考え、夫とも話し合っています。